今日は、昨日完成した動画を
ここに残しておこうと思って
今、この文章を書いている。
タイトルは、【未完成】
この動画には、本当は結末があった。
タイトルも、本当だったら【白と黒。】
結末を言うと、
鏡の中の主人公が
「その、白と黒は誰が決めたの?」と問い
今度は主人公が、
「じゃあ、どうすればいいの?」と問う。
鏡の中の主人公が
「言葉にすればいい。
文字にしても、歌にしてもいい。
何かを創ってもいい。
ただ、あなたが思うように表現すればいい」
そう答える。
そして、鏡の中の主人公の顔を隠していた
線が少しずつ消えて、片目が見える。
そんな結末だった。
でも、作り終えた私は、
そのシーンを使わなかった。
厳密に言えば、
使わなかった、というより、
使えなかった、のほうが正しいのかもしれない。
私にとって、
書くこと、撮ること、創ること。
それはまさに、
言葉にできない何かを表現することだ。
たった一文字に感情を込めたり、
うまく説明できない気持ちを文章にしたり、
目の前にある景色に
自分の気持ちを重ねて撮ったり。
最近では、
言葉だけでは伝えられないものを
歌や映像にしてみたり。
今回も、作っている途中までは、
この「表現すること」が
物語の答えになると思っていた。
白か黒かで決められないなら、
その間にあるものを
なんとか形にして外へ出せばいい。
そうすればきっと、
自分の中にあるものが少しずつ見えてくる。
そんな結末にしようと思っていた。
でも、
完成した映像を何度も見ているうちに、
最後のシーンだけが
どうしても自分の中で引っかかった。
表現したいと思う私の中に、
「正しくありたい」
「綺麗でありたい」
「隠したい」
そう思う自分も見え隠れする。
そして、自分の中から出てきたものに対しても、
これは正しいのか。
これは間違っていないか。
誰かを傷つけないか。
こんなことを思っていいのか。
そんなふうに、
自分自身で白黒つけようとする自分もいるから。
動画の中の二人は、
現実の私ともどこかリンクしている。
少し前に、
という文章を書いた。
私の中には、ふたりの私がいる。
常に、ポジティブでいたい。
毎日楽しんで、時に面白可笑しくふざけ倒して、
生きてさえいれば、何とかなる。
興味を持った新しいことには、
どんどん挑戦して進み続けたい。
多少のことでは立ち止まらない。
ブレーキなんて存在しない。
これが今、この時を生き抜いている私だ。
でも、鏡の中の私は少し違う。
少し立ち止まって日々の葛藤を
全部受け止めてくれている。
感じたこと。
心に浮かんだこと。
苦しかったこと。
傷ついたこと。
今求めているもの。
言葉にできないこと。
そして、矛盾してしまう私の心も。
正しくなくても、綺麗じゃなくても、
そこにあるものを全て受け止めてくれている。
あえてその自分に名前をつけるなら、
鏡の中の私こそが「表現者の私」なんだと思う。
現実を生きる私は、常に前を向こうとする。
表現する私は、その途中で
自分の心が置いてきたものを拾っていく。
そして、今もまたこうやって
表現者として文章を書きながら、
何かを探し続けている。
自分が今、何を思っているのか。
何に引っかかっているのか。
何を大切にしたいのか。
本当はどうしたいのか。
答えは、見つからないことのほうが多い。
むしろ、
答えは見つけないといけないのか?
それすらもまだ分からない。
見つからないほうがいいことだってきっとある。
でも、答えがないことが
時に苦しく、もどかしいのも事実で。
そもそも、答えなんて見つかるのだろうか。
表現すればするほど、
自分の中にまだ名前のついていない何かが
あることに気づいてしまう。
だから今の私は、
片目が見えていくあのシーンを使えなかった。
顔を隠していた線が消えて、
少しだけ自分が見える。
あの演出はきっと、
「答えが少し見えた人」の姿だったから。
今の私は、まだ、そこにいない。
白でもない。
黒でもない。
正しいとも言い切れないし、
間違っているとも言い切れない。
頭では分かっていることと、
心が感じていることが、同じ場所にない。
じゃあ、その間にあるものには
何という名前がつくのだろうか?
今の私が出せる答えは、
「分からない」
だから、この動画にも答えをつけなかった。
主人公も、鏡の中の主人公も、
何かを見つけた顔をしないまま終わる。
たぶん、それが今の私には
いちばん嘘のない結末だった。
ただ、創ること、表現することは、
答えを見つけるためだけに
あるわけじゃないのかもしれない。
そんなことを知れた気がする。
分からないものを、分からないまま、
それでも何とか形にしようとする。
その途中にあるものも、
ひとつの表現の形なのかもしれない。
答えが見つからなかったことも、
最後のシーンを使えなかったことも、
今の私が感じ、創ったものの一部。
そうして生まれた未完成なものも、
私が表現者として歩いている軌跡のひとつとして、
あえて、ここに残そうと思った。
今も、答えは分からない。
だから、今日の
動画にも、この文章にも結末はない。
これが、
今の私が出来る精一杯の表現だっただけ。





「分からないものを、分からないまま表現する」って、
簡単そうで、実はすごく難しいこと
今こうしてコメントを書いている私は、
変なことを書かないように
ちゃんと伝わるように
誰かを傷つけないように
できれば綺麗に、うまくまとめようとしてる
たぶん、言葉にするたびに
無意識に「正解」のほうへ寄せようとしてるんだと思う
でも、本当に思っていることって、
そんなに綺麗に白と黒に分けられるものじゃない
うまく言葉にならないものも、
矛盾しているものも、
自分でもよく分からないものもある
そしてここまで書いて、
また「いい感じに締めよう」としている自分に気づく
たぶん、そういうところも含めて未完成
何でしょうか。深すぎて言葉が見つかりません。