ふたりのわたし。
最初に言っておきます。
今日の文章は、いつも以上に拙いです。
上手くまとめようとも思っていないので、
矛盾する感情を、そのまま綴っていきます。
私の中には、いつも
ふたりのわたしがいる。
それは二重人格とか、そういう話ではない。
行動している私も、考えている私も、
どちらも間違いなく、私だ。
でも、感情だけに目を向けると、
そこには必ずもう一人の私がいる。
例えば、私は人が好きだ。
子どものころから、
誰とでも分け隔てなく関わってきた。
どこへ行っても長所として褒められてきたし、
それは大人になった今でも変わらない。
初対面の人ともすぐに仲良くなれるし、
興味を持った人には自分から声をかけることができる。
でも、その一方で、
誰にでも簡単に心を預けられない私もいる。
自分から「仲良くしましょう」と
ドアをノックしたくせに、
心の奥まで入ってくることだけは、
どこかで拒んでしまう。
どれだけ優しくされても、
どれだけ距離を縮めても
一歩引いた場所から相手を見てしまうときがある。
言葉を大切にしてきたあまり、
相手が何気なく発した一言にすごく敏感だ。
そこにある温度や沈黙、
ほんの少しの違和感まで拾ってしまう。
だからそんな時は傷つく前に、
私は自分から距離を置いてしまう。
そして一度閉じた心は、
簡単には開かない。
我ながら、
なかなか厄介で頑固な性格だと思う。
少し前にも書いたように、
私は大切な人を病で失った経験がある。
だからなのか、
誰かがそばにいてくれることを、
当たり前だとも思えない。
私の前から、
いつかいなくなってしまうかもしれない。
そんな前提で、
目の前の人を見てしまう時がある。
そして、その瞬間、
私はひどく孤独になる。
私を置いていかない人は、
どこにいるのだろう。
心から信じられる人は、
どこにいるのだろう。
傷つくことを恐れすぎるあまり、
孤独は私の中で、
いつしか当たり前の存在になっている。
だから、
来る者拒まず、去る者追わず。
そんな言葉がピッタリと当てはまる。
だけど、その孤独の中でも、
もう一人の私はしっかり存在していて
心から信じたい。
大切にしたい。
そう思える人に出会った時は、
傷つく覚悟も、失う覚悟も持ちながら、
心を開くことがある。
不器用でも、
私なりのやり方で大切にしてきた。
守りたいと思った人は、
今日まで守ってきた。
そんな私も、間違いなく本当の私だ。
俯瞰して見れば
ただただ矛盾している。
でも、そのどれもが嘘ではない。
何かに挑戦している時も同じ。
例えば、書道。
いつか自分の教室を持ちたい。
その夢に向かって、今も修行を続けている。
筆を持ち、子どもたちに教え、
一歩ずつ積み重ねていく私がいる。
「続けていけば、きっと辿り着ける。」
そう信じて前を向く私。
でも、その隣にはもう一人いる。
「まだ目に見えない未来だから、
途中で挫折してしまうかもしれない。」
「責任を最後まで背負えるだろうか。」
そんな不安ばかり集めてしまう私だ。
希望を見つめる私。
不安を見つめる私。
前へ進もうとする私。
立ち止まる理由を探してしまう私。
どちらも私で、
どちらも本気だからこそ、
心の中で何度も引っ張り合っている。
これまで仕事も、人間関係も、
全部そうだった。
大切にしたい私と傷つきたくない私。
信じたい私と疑ってしまう私。
幸せを感じる私と孤独を感じる私。
突き進みたい私と、立ち止まりたい私。
今だってそうだ。
この言葉たちを綴りながら
ふたりの私は揺れ続けている。
人は、白黒決めたがる。
でも私は、白黒決めずに
その中間だから息ができることもある。
どちらか一人になれたら、
もっと楽に生きられるのだろうか。
いまだに答えは見つからない。
でも、人を大切にできる私がいるのも、
人と距離を置きたくなる私がいるのも、
傷つくことも、失うことも知っている私がいるから。
挑戦し続けられる私がいるのも、
不安を抱えながら突き進んできた私がいるから。
きっと、これまで歩いてきた時間が、
今のふたりの私を作ってきたのだと思う。
だから片方だけでは、今の私は成立しない。
もしかすると、二人の私は、
お互いを守るために存在しているのかもしれない。
傷つかないように、心を閉じる私。
傷つく覚悟をしてでも、人を信じようとする私。
突き進む私も、立ち止まりたい私も。
たしかに、互いを守ってきた。
いつだって自分の心を守れるのは、
私しかいないと知っているから。
だから私は、今は
ふたりの私と一緒に生きていこうと思う。
仲良くできる日もあれば、喧嘩する日もある。
どちらかが勝つ日もあれば、
塞ぎ込んで、どちらの声も聞こえなくなる日もある。
本当は素直になりたいのに
もう一人の私が急にブレーキをかけてくる時もある。
うまく付き合える日ばかりじゃない。
白黒決められない感情がそこにあって
二つの感情に揺れながら
私なりの今の答えを見つけて進んでいくのだと思う。
いつか、
ふたつはひとつになるのかもしれない。
それは私にもわからない。
でも、今はただ
その揺れる感情を私自身が認めてあげようと思う。
そうやって、
今日も、ふたりのわたしと生きていく。



リスタックできないコメント残します(笑)
重ねるわけではないけど、少し似た境遇に驚いてる。
1つの物事に対して複数の意見を持ち、すべての可能性に正しさと間違えを瞬時に考えているというのが
俺の多重人格風の定義になっている。
人を信じるという当たり前な感情がありつつ、実は人を信じていないが信じている。
ここにもっと色んな感情があるが一言で言えば”矛盾“だらけの感情。
元からそんな性格で思春期には、周りとの違いに表には出さないが悩んでいた時期があった
昔、素敵な女性がいて
その人は今でも自分の一番の理解者であり、信用できる女性だと思っている。
クリスマスになり急に連絡がこなくなったので、当時は割り切った。
数ヵ月後事故で植物状態から亡くなったと連絡がきて、その瞬間の感情は思い出せない。
その子は家が嫌になって、飛び出して俺の元へ向かっている最中だったらしいという後日談があった。
悲しみと自分の人格の冷たさ、なぜ信じずに割り切ったのか
色んな感情に泣いて苦しんで声にならない叫びをひたすらあげていると、
ふと急に我に返るように冷静になり、なぜか突然涙が止まり、次は1時間ほど笑いが止まらなくなった
そんな人格崩壊を起こしたのが高校生の頃だったかな。
ちなみの記事を見てつい昔のことを少し語ってしまったじゃないか!どうしてくれるんだ!(笑)
You simply value your heart. that’s a beautiful thing.