その綺麗な花は、どこで咲いた?
根のない花は、嵐が来たら一瞬で土に還るだけ。
むかしむかし、
あるところに、大きな畑がありました。
まだどこにも花は咲いていません。
けれど、その村の住人たちは、
毎日泥だらけになりながら、
自分の畑を懸命に耕しました。
ある庭師は、何日も夜を徹して、
やっと一輪の青い薔薇を咲かせました。
また、ある庭師は
七色の紫陽花を咲かせた。
庭師だけではなく、
ボロボロになりながら暗い地中を掘り進み、
世界に一つしかない石を拾い上げている者もいた。
みんな、
自分の畑から生まれたその歪な結晶を、
愛おしそうに街の広場へ飾るのです。
その花たちには、
咲くまでの物語があります。
その石には、
見つけるまでの時間がありました。
だからこそ、
少し不格好でも、少し歪でも、
住人たちはそれを誇りに思っていました。
そんな街に、
一人のお洒落な仕立て屋がいました。
彼は自分で畑を耕しません。
手が汚れるし、時間もかかるからです。
その代わり、広場を歩き回り、
誰かが命がけで咲かせた青い薔薇や、
泥を落としたばかりの美しい石を見つけるのが得意でした。
彼は、
その薔薇をひょいと摘み取ると、
自分のきらびやかなお店のショーウィンドウへ飾ります。
そして最新のスポットライトを当て、
街の人々にこう言いました。
「みなさん、見てください。
私が今期プロデュースした新しい薔薇です。
どうですか?
私のお店、とても素敵でしょう?」
彼のライトの当て方は上手でした。
拡声器の声も大きかった。
だから事情を知らない人たちは、
「わあ、素晴らしい!」
「なんてセンスがあるんだ!」
と拍手を送りました。
またある人は
「あの畑に咲いている花より、綺麗だ」
と言いました。
仕立て屋は、
スポットライトの真ん中で、
満足そうに何度も頭を下げました。
まるで、自分が種を蒔き、
水をやり、毎日育ててきたかのような顔をして。
その様子を、
物陰から静かに見つめている人たちがいました。
その青い薔薇を咲かせるために、
孤独な夜を過ごし、爪の間に泥を詰まらせていた、本当の育て主。
そして、泥だらけの手を知っている仲間たち。
育て主は、怒りませんでした。
ただ少しだけ、悲しそうな目をしていました。
なぜなら。
仕立て屋が興味を持っていたのは、
花そのものではなく、
花が目立つ場所だったからです。
その薔薇がどんな土から芽吹いたのか。
どれだけの失敗を繰り返したのか。
どれだけ長い時間をかけて、根を張ったのか。
そんな物語には、あまり興味がなさそうだったから。
時が経ち、仕立て屋のお店は、
よその庭から集められた色とりどりの花で、
それはそれは、華やかに見えました。
街の人たちは言います。
「今日も賑わってるね」
「流行の中心だね」
「盛り上がってるね」
確かにそう見えているかもしれない。
けれどある日、
街に大きな嵐がやって来ました。
激しい風が吹き、
強い雨が降り、
広場の花々を容赦なく叩きつけます。
その時でした。
仕立て屋のお店に飾られていた花たちは、
あっという間に吹き飛ばされてしまったのです。
なぜなら、
そこに並んでいたのは、
根を切られた花だったから。
どれほど美しくても、
どれほどライトを浴びていても、
根のない花は嵐に耐えられません。
一方で、
泥だらけの住人たちの畑は、
たとえ嵐で花が散ったとしても、
また次の花を咲かせることができる。
地中深く、
誰にも見えない場所に、
自分だけの根っこを張っていたから。
誰かの花も石も
綺麗だと言うことは決して悪いことじゃない。
誰かの花を見つける才能も、
光を当てる才能も、
それはそれで素晴らしい力だと思う。
でも、
その花が咲くまでに、誰が泥を掘り返し、
どんな失敗を繰り返し、孤独な夜を越えてきたのか。
なぜ、青の薔薇なのか?
なぜ、七色の紫陽花なのか?
なぜ、その石だったのか?
その物語への敬意は、忘れてはいけない。
なぜなら。
花は摘み取れても、
根っこまでは持っていけないから。
「この素晴らしい花を咲かせたのは、
あの畑のあの人です」
その一言を、
一番目立つ場所に置ける人でありたい。
世の中には、
誰かのお弁当を綺麗に盛り付け直して、
「どう? 素敵でしょう?」
と見せるのが上手な人がいる。
でも、
そのお弁当を朝早くから作った人への
敬意がなければ、どこか体温が足りない。
どこか乾いている。
どんなに格好悪くても、
自分の泥をこねて作ったものしか、本当の根っこにはならない。
だから今日も、
よその庭の花を数えるより、
自分の畑を耕していたいと思うのです。
すぐに芽が出なくてもいい。
誰にも見つけてもらえなくてもいい。
それでも。
自分の泥から咲いた花だけは、
嵐が来ても簡単には枯れないから。
そんなことを思いながら、
今日も住民たちは、
自分の手で、自分の畑を耕す。
誰かの花を摘むためではなく。
自分だけの花を咲かせるために。


😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭
ちなみさんは、これまでお会いしてきた方々のことを想って語っておられるのでしょうかね🥹
はたまた、このサブスタで出会った方々のことを想って語っておられるのでしょうかね🥹
ご自身も含め、皆それぞれの道を生きてこられたことを知る言の葉の数々。
いずれにしても『愛』
愛を感じます。
ちなみさんの大きな愛。
静かだけど溢れんばかりの愛。
愛は言葉を持っていない。
愛は言葉で自身を語ることはできない。
だからちなみさんはその愛を言葉に、文字にしてくださっている。
そう感じずにはいられない。
命は愛をカタチにする瞬間に
生まれた意味を体現しているのかも知れない。
そんなことを、ふと思わせるメッセージでした。
この作文を思い出した。
校長先生が、私達を呼び止められて、「時間がありましたら、お見せしたいものがありますので、校長室までお越し下さい。」といわれ、校長室に案内された。
「実はある生徒の作文ですが・・」とA君の経歴を話しながら、作文を朗読された。
「僕の父親の職業は鳶職である・・」という書き出しから始まり、内容はおよそ次の様なことが書かれている。
父親の休日は定まっていなかった。雨の日以外は日曜日も祭日もなく、お定まりの作業服に汚れた古いオンボロ車を運転して仕事にでかける。
仕事が終わると頭から足の先まで、泥や埃で真っ黒くなって帰り、庭先で衣服を脱ぎ捨てて、褌一つになって風呂に飛び込むのが日課である。
僕の友達がいても平気で、そんな父の姿が恥ずかしく、嫌いだった。
小学生の頃、近所の友達は日曜になると決まって両親に連れられて買い物や、食事に出かけて行き、僕は羨ましく思いながら見送ったものだ。
(みんな立派な父さんがいていいなあ)と涙が流れたこともあった。
たまの休みは、朝から焼酎を飲みながらテレビの前に座っていた。「母は掃除の邪魔だからどいてよ」と掃除機で追っ払う。「そんな邪魔にすんなよ」父は逆らうでもなく焼酎片手にウロウロしている。
「濡れ落ち葉と言う言葉は、あんたにピッタリね・この粗大ゴミ!」「なるほど俺にそっくりかハハハ・・うまいこというなハハハ・・」
と父は受け流して怒ろうともせずにゲラゲラ笑っている。
小学生の頃から、小遣いをくれるのも母だったし、買い物も母が連れて行ってくれた。運動会も発表会も父が来たことなど一度も無い。こんな父親などいてもいなくても構わないと思ったりした。
ある日、名古屋へ遊びに出かけた。ふと気づくと高層ビルの建築現場に「○○建設会社」と父親の会社の文字が目に入った。僕は足をを止めて眺めるともなく見ていて驚いた。
8階の最高層に近いあたりに、命綱を体に縛り、懸命に働いている父親の姿を発見したのです。
僕は金縛りにあったようにその場に立ちすくんでしまった。(あの飲み助の親父が、あんな危険なところで仕事をしている。一つ間違えば下は地獄だ。
女房や子供に粗大ゴミとか、濡れ落ち葉と馬鹿にされながらも、怒りもせず、へらへら笑って返すあの父が・・)僕は体が震えてきた。8 階で働いている米粒ほどにしか見えない父親の姿が仁王さんのような巨像に見えてきた。
校長は少し涙声で読み続けた。「僕はなんという不潔な心で自分の父を見ていたのか。母は父の仕事振りを見たことがあるのだろうか。一度でも見ていれば、濡れ落ち葉なんて言えるはずがない。僕は不覚にも涙がポロポロ頬を伝わった。体を張って、命をかけて僕らを育ててくれる。何一つ文句らしいことも言わず、焼酎だけを楽しみに黙々働く父の偉大さ。どこの誰よりも男らしい父の子供であったことを誇りに思う」
そして彼は最後にこう書き結んでいる。
「一生懸命勉強して、一流の大学に入学し、一流の企業に就職して、日曜祭日には女房子供を連れて、一流レストランで食事をするのが夢だったが、今日限りこんな夢は捨てる。
これからは親父のように、汗と泥にまみれて、自分の腕で自分の体でぶつかって行ける、そして黙して語らぬ父親の生き様こそ本当の男の生き方であり、僕も親父の跡を継ぐんだ」と。
読み終わった校長は、「この学校にこんな素晴らしい生徒がいたことをとても嬉しく思います。こういう考え方を自分で判断できることが教育の根本だと思います。そして子の親としてつくづく考えさせられました」
としみじみ言った。