アルベド語から紐解く、私の人生の歩み方。
あの日の「こんにちは」の先へ。
先日、心がかなり揺さぶられる
一つのエッセイに出会った。
ご本人に了承を得て、
今、この文章を書いている。
この物語は、
ファイナルファンタジーⅩに登場する、
架空の言語「アルベド語」から始まる。
アルベド語とは、
ゲームの中の架空の言語である。
この世のどこにも存在しない。
覚えたところで海外では通じないし、
履歴書にも書けない。
アルベド語とは、
50音を別の文字や発音に置き換えた
「単一換字式暗号」である。
【例文】
・「マギレヤキセ」=「はじめまして」
・「ヤヌサー」=「マスター」
・「ダンザノフ!」=「がんばろう!」
(ゲームに疎い私は、知らない世界すぎて、すごっ!こんな世界があるのか…。
と何とも語彙力皆無な感想しか出てこなかったです。すみません。笑)
さて、本題です。
ST∧CKさんは、
「この世界の内側に、もう少し入りたい」
ただ、それだけの理由で26冊の辞典を集め、
夢中でアルベド語を覚えた。
一方で、大人になってから始めた
プログラミングは、「Hello World」と
表示したその日に終わった。
つまり、
役に立つ。
仕事になる。
これから必要。
そんな理由で始めたものは、
一歩目で止まることがある。
そして、
物語はここから、一段と深くなっていく。
(全貌はST∧CKさんのエッセイを実際に読んで感じてください)
このエッセイの中で、
私が一番心に残った言葉があります。
「拍手で走るエンジンは、脆い。」
私は、その一文を読んだ瞬間、
最近ずっと心に引っかかっていた
私自身のヤモヤの正体が、少し見えた気がした。
私も昔から、
「好き」を突き詰める人間です。
本業にしている不動産の仕事。
それ以外にも、
気づけば長く続いているものがある。
書道。
空手。
アイシングクッキー。
カメラ。
振り返ると、
どれも最初は本当に些細なきっかけだった。
不動産業界に興味があった。
字をもっと綺麗に書きたい。
体を動かしたい。
この世界、可愛い。
写真って楽しい。
ただ、それだけで始まった。
ST∧CKさんの言葉を借りるのならば、
いろんな世界の奥へ入るための辞典を、
一冊ずつ拾ってきただけだった。
そして今、私はまた、
新しい辞典を拾い始めている。
それが、Substackで文章を書くことだ。
ありがたいことに、
毎日、読んでくださる方がいて、
コメントをいただき、
ランキングにも載ることもある。
本当に嬉しいです。
でも最近、嬉しさとは別に、
漠然と考えていたこともあります。
「私は、何のためにSubstackを続けていくのだろう。」
ランキングのため?
拍手のため?
フォロワーのため?
交流するため?
もし、それだけの理由なら、
私はこれから先、長くは続かない。
自分が一番分かっている。
拍手で走るエンジンは、脆い。
この言葉が、また頭の中をよぎる。
なぜなら、
私の人生を振り返ってみたときに
「好き」の先には必ず
見たい景色(目標)があったから。
それも、誰かから得るものではなく、
自分の力で得られる景色だ。
例えば、
【不動産業に転職を決めた時】
不動産に興味があった。
→宅建を取得するという目標ができた。
→宅建を取得し本業になり、生活の基盤となった。
【書道を始めたとき】
字をもっと綺麗に書けるようになりたいと思った 。
→書道の楽しさや深さを学び、書道の先生になりたいという目標(夢)ができた。
→ 新米先生になり、いつか自分の教室を持ちたいという目標を立ている。
【空手を始めたとき】
家族が始めたきっかけで空手に興味をもった 。
→家族と楽しんで夢中になれる時間が出来た。
→段位の取得をするという目標ができた。
→健康的な生活、家族との絆、仲間が出来た。
【カメラを始めたとき】
部活で選手を撮りたいと思った。
→カメラの魅力を知りもっと極めたいという目標ができた。
→カメラスタジオでカメラのイロハを学んだ。
→現在歴15年。自分の撮る写真に自信がついた。
【アイシングクッキーを始めたとき】
かわいい世界に魅了された
→教室に通い、時に教材で学び
アイシングクッキーのワークショップ開催する目標ができた。
→JSA認定講師になった。
ここまで私を一歩動かしていたのは、
あの日のST∧CKさんと同じで
「資格」でも「対価」でも「評価」でもなく、
ただ、その世界に興味を持ち
もっと深く入りたい。という扉だった。
そして、扉を開くと
「もっとこうなりたい。」
「こんなことをしてみたい。」
そんな景色が、自然と生まれていた。
では、文章を書き続けることはどうだろう。
私は文章で、どんな景色が見たいのか。
実は、まだ見つけられていない。
それこそが、今の私のモヤモヤの理由だった。
この2ヶ月は、
「ただ文章が好き」だけで走り続けてきた。
この想いだけで、これから先も
ずっとこの場所で文章を書き続けていけるのか。
あえて問うのであれば、私の答えとしては
「YES」でも、「NO」でもない。
なぜなら、
子どもの頃は、想いがあるだけで十分だった。
ただ、好きなことに全力投球できた。
でも大人になると、現実も一緒に歩いてくる。
平気で現実がのしかかり、好きなことを
後回しにしないといけないことだってある。
だからこそ、私には、
扉の先の景色を描くことは必要不可欠なのだ。
歩き続けるため、
現実に戻されたときにちゃんと戻ってこれるように。
私は、まさにその景色を描いていく途中だ。
まだ真っ白なキャンバスに近い。
Substackで、
ちなみという人間を知ってほしいのか。
「自分の書道教室」を持つまでの
道のりをここで発信していきたいのか。
いつか自分の書籍を出したいのか。
自分色の出せる文章の書き方を発信したいのか。
正直、まだ分からない。
でも、一つだけ分かっていることがある。
私は、その景色を見つけるまでは、
この場所で文章を書き続けてみたい。
書きながら迷う日もあるだろう。
立ち止まる日もあるだろう。
それでも、辞典を拾い続けていれば、
いつか私だけの景色は見えてくる。
今は、そう信じて
今日も、コツコツと文章を書き続けていこうと思う。
そんな答えが、
初めて出会ったアルベド語によって、
そして、ST∧CKさんの文章によって見つかった。
大人になると、
役に立つか。
稼げるか。
効率がいいか。
そんなことばかり考えてしまう。
でも、本当に人生を動かしてきたものは、
いつももっと静かなところにある。
誰にも頼まれていないのに、
夜中まで夢中になっていたもの。
役に立たないと知っていたのに、
なぜか続けてしまったもの。
そんな、大切なものを
改めて思い出させてくれた。
辞典を拾う。
扉を開く。
その先に、自分が見たい景色を描く。
私は、その景色へ向かって少しずつ歩いていきたい。
アルベド語には、26冊の辞典がありました。
私の人生にも、たくさんの辞典が落ちています。
宅建。
書道。
空手。
アイシングクッキー。
カメラ。
そして今は、Substack。
どれもバラバラに見えて、
全部、私が歩いてきた一本の道だった。
Hello World.
あの日の「こんにちは」の先へ。
今度は、自分が見たい景色に向かって。
それでは、また。



好きの先に見たい景色が生まれる、っていう流れにすごく共感したよ🥰
景色は最初から見えてなくても、
歩き続ける中で少しずつ見えてくるものなのかも!!
おはようございます☀️
スタさんの記事や考えは大人にこそ刺さりますね。
純粋に興味を持ったこと、没頭したこと。
私も何のために発信するのか、迷いまくっていますがそれを見つけるまではとりあえずでも続けようと思います😌✨