壊れたティーカップ。
あるところに、
壊れた陶器を直して暮らす
「繕(つくろ)い師」の住む街がありました。
その街では、
割れたティーカップを直すことは、
「愛情」だと言われています。
ヒビが入っても、欠けてしまっても
接着剤を塗り、大切に抱え続ける。
それが優しさであり、
諦めないことが美徳だと、誰もが信じていた。
ある日、一人の女性が、
お気に入りのティーカップを抱えて
繕い師の元へやってきました。
「これを直してください。」
そのカップは、いくつものヒビが入っていた。
繕い師は、
静かにそのカップを眺めました。
「このカップは、大切なんですね。」
女性は頷いた。
「はい、大好きで、大切なんです。
思い出がたくさんある。
この子で紅茶を飲みながら
泣いた日も、笑った日、悩んだ日もあった。
だから、とても大切です。」
繕い師は、接着剤を手に取りました。
丁寧に。
それは本当に丁寧に。
何日もかけて修復しました。
数日後。
女性の元にはヒビが修復された
ティーカップが戻ってきました。
女性はこれまで通り
毎日、紅茶を注ぎ日常を重ねていった。
しかし、数週間後。
ぽたり。
ぽたり。
ゆっくりと、机の上へ雫が落ちた。
閉じたはずのヒビから
紅茶が漏れてしまったのです。
女性は急いで、繕い師の元へ尋ねました。
「もっと強い接着剤はありませんか?」
繕い師は、
少しだけ困った顔をして答えました。
「接着剤は、
陶器をくっつけることはできます。
でも、割れたという事実までは、消せない。
あなたも、分かっていたはず。」
「一度できたヒビは、熱い紅茶を注ぐたび
少しずつ広がることがあります。」
「修復することはできても、
元通りになるとは言えない。
それでも、もう一度修復したいですか?
貴女の心は、それに耐えられますか?」
女性は、しばらく黙っていました。
彼女は、そう気がついていたのだ。
修復された跡を見るたびに、
あの日、割れてしまった瞬間を思い出した。
そして、その傷は少しずつ、
安心よりも不安を思い出させるようになっていた。
紅茶が漏れてしまった時も本当は
「もう、だめかもしれない...」
そう、心の中で思っていたのだ。
女性は静かにティーカップを抱きしめ、
そのまま帰っていきました。
そして一人、ティーカップを
思い出箱の中に大切にそっとしまった。
きっと、これから先
紅茶を注ぐことはないだろう。
誰かはこれを、
「逃げ」だと言うのかもしれない。
でも彼女は、
元には戻らない現実を受け入れることの方が、
ずっと苦しかった。
だからこそ、
もう一度割れてしまうかもしれない未来よりも、
綺麗だった思い出を守ることを選んだ。
世の中には、
何度も修復を重ね、
以前より深い絆を築ける人もいるだろう。
それは、とても素敵なことだと思う。
でも、彼女には出来なかった。
一度壊れたティーカップに、
もう一度熱い紅茶を注ぐ勇気はない。
また漏れるかもしれない。
また割れるかもしれない。
そんな不安を抱えながら、
使い続けることは出来なかった。
大切じゃなくなったから、手放すのではない。
大切だったからこそ粉々になる前に
思い出箱へしまっておきたいのだ。
壊れたティーカップ
あなたならどうしますか?


修復には、接着剤が必要
でも、それだけでは元には戻らない
綺麗に見えるようにするには、
ヤスリで削って、塗り直して
時間をかけて、丁寧に
削るところは削って、
上から綺麗に塗って、
そうやって取り繕ってはじめて
やっと元通りに「見える」ようになる
それでも、まだ小さな傷は残っていて、
そこからまた壊れてしまうかもしれない
修復する材料
割り切る心
また作ろうとする気持ち
それを続けるための労力
全部揃っても、まだ足りなくて、
また壊れるかもしれない
そういう不安も全部ひっくるめて
そこに時間をかける価値があるかどうか
割り切って、
また新しい綺麗なものを見つけにいく
それもきっと、逃げなんかじゃなくて
思い出箱にしまうのも、
ちゃんと大切にした人にしか選べない優しさだから
そのカップを「もう割れてる」と見る人ばかりじゃない
傷のある姿のまま、
そばに置いておきたいと思う誰かも、
きっとどこかにいる
だから、しまっても、捨てなくてもいい
箱の場所を、たまに思い出してくれたら
壊れたものとして見るのか、出来事として見るのかで、愛着として手放せなくなっているのが、重なるような思いで読ませてもらいました🥹