ノンタンぶらんこのせて。が大人になって心に刺さる話
子どもの頃、好きだった絵本
私には、
子どもの頃好きだった絵本がある。
『ノンタン ぶらんこのせて。』
簡単に内容を説明すると、
主人公のノンタンがブランコを独り占めしてしまうお話。
お友達が
「かわってよ」と言っても、
ノンタンはなかなか譲らない。
すると、どうぶつのお友達たちは怒って
「ずるいよ!ずるいよ!」
「かわってくれないと もうあそばないよ」
そう言って帰ろうとしてしまう。
子どもの頃の私は、
この話を
「順番を守りましょう」
という話だと思って読んでいた。
でも、大人になった今、
全然違うところに目がいく。
物語の後半。
ノンタンは、みんなへこう言う。
「10までかぞえたら、かわるよ」と。
でもそこで、
ノンタンはなかなか数を数えることができない。
わざと数えないのかと、思ったお友達は
さらに怒ってしまう。
そして、恥ずかしそうにノンタンは
「ぼく、3までしか数えられないの」
とみんなに打ち明ける。
子どもの頃は、
そんな場面があったなくらいにしか思っていなかった。
でも、今考えると
ものすごく勇気がいる告白だったんじゃないかと思う。
だってノンタンは、最初は強がっていた。
ブランコを独り占めしていた。
意地も張っていた。
でも最後には、
自分のできないことも認める。
「3までしか数えられない」と。
そして、もっと素敵なのは、
お友達がそれを笑わないこと。
「なんだそんなことか」とも言わない。
「知らないの?」とも言わない。
みんなで一緒に
1、2、3……って数え始める。
そんな物語を思い出しながら、
私は、ふと思った。
絵本作家さんは、どうして、
ノンタンが10まで数えられないシーンを入れたんだろう?
だって、
順番を守りましょう。
仲良く遊びましょう。
それだけなら、
別に数が数えられなくても話は成立する。
ノンタンが素直に謝って、
みんなで仲良く遊びました。
でも良かったはず。
なのに、
「ぼく、3までしか数えられないの」
という場面がある。
私はそこに、
この絵本の葛藤と本当の優しさがある気がしている。
人は誰だって、強がりたい。
できないことを隠したい。
知らないことを知らないと言いたくない。
自分を大きく見せたい。
大人になればなるほど、なおさらだ。
私もそう。
文章を書いていても、
分からないことはたくさんある。
自信がないときも、上手くいかないこともある。
モヤモヤすることもある。
本当は不安なのに、
平気な顔をしていることだってある。
会社で仕事を抱え込みすぎたときも
弱音を出せなかったりする。
「できません」
「分かりません」
「教えてください」
って言うのは、とても勇気がいるのだ。
ノンタンは、ブランコを譲る前に、
自分の弱さを見せた。
「できない」を口にした。
そしてお友達は、それを責めなかった。
笑わなかった。
置いていかなかった。
一緒に数えた。
もしかしたら、
この絵本は順番を守る話だけじゃなくて、
「できないと言える勇気」と、
「できない人を責めない、笑わない優しさ」
も伝えたいのかもしれない。
そう考えると、子どもの頃より、
今の私の方がこの絵本に救われている気がする。
そして、
ノンタンシリーズに限らず
絵本作家さんは、
絵本にどんな思いを込めているんだろう。
私にも、自分の文章を書くときに
自分なりに決めていることがある。
日常の小さなことを拾うこと。
自分がわくわくする文書を書くこと。
誰も傷つけない文章にすること。
だから、余計に気になっている。
絵本作家さんは、
何を大切にしながら物語を作っているんだろう。
どんな景色を見せたいんだろう。
どんな優しさを残したかったんだろう。
そんなことを考えた、今日だった。
もし、よかったら
今、この文章を読んでいるあなたが
今でも心に残る絵本の一冊を
ぜひ、教えてください。
もしかしたら、
子どもの頃には気付かなかった優しさが、
そこにも隠れているかもしれません。
最後に、今回は
実際に、Substackで仲良くしている
絵本作家のまいちゃんに話を聞いてみました!
文字書きとして絵本作家さんの想いを
聞いてみたので、
ぜひ、絵本作家まいちゃんのところにも
遊びに行ってみてください☆



ちなみん~!
今、リアタイで読んでる~~!!
もう覚えるくらいよんでる~~~!!!
あと、はらぺこあおむし。
絵本って、そのものも素敵だけど、その絵本を通して思い出がある。
一生懸命読んでいた姿、言い間違えてもうれしそうな顔、幼さの残る声。
そのすべてが愛おしい。
あ、急に画面が滲んで…。
「ノンタン」、むか〜し読んだことあるなぁ。
話の内容は、思い出せないけど。
でも、この記事を読んで、絵本の良さを再認識。
実家で本棚をカザゴソしそうw