心が示す方向。
大人になると、
「やりたいこと」だけでは生きていけない。
仕事になれば、気が進まない業務もある。
苦手な相手と話さなければならない日もあるし、
本当は後回しにしたいことでも、
責任があるから向き合わなければならない。
生活も同じだ。
洗濯や掃除、支払い、手続き。
「今日はやりたくないな」と思う日でも、
誰かのため、自分のために動かなければならない。
それは社会の中で生きる以上、
避けられないことであり、必要なことだ。
だけど、毎日少しずつある
自分のために使える時間はどうだろう。
大切な時間の中で、わざわざ
やりたくないことを選ぶ必要はない。
私は、その時間くらいは、
心が示す方向を選んでいきたい。
SNSで発信を始めてから、
そんなことを考えるようになった。
目に見える目標や目的がなくても、
ここに自分の言葉を綴ることが楽しいのなら、
今はそれだけで十分だと思う。
続けていれば、見えてくるものも
あるかもそれないから。
誰かに評価されるためではなく、
自分の心が「書きたい」と思ったから書く。
今日は投稿する気分じゃない。
それでいい。
今日は、なんとなく交流する気分じゃない。
それでもいい。
心が休みたがっているなら、
無理に動かなくてもいい。
それは、人付き合いにも当てはまる。
もちろん、切っても切れない関係はある。
それはひとまず置いておくとして。
多少の違和感があっても、
空気を壊さないように笑ってしまったり。
本当は少し疲れているのに、
「せっかくだから」と誘いを断れなかったり。
なんとなく合わない気がしていても、
そのまま関係を続けてしまったり。
もちろん、それが悪いわけではない。
私もそうやって空気を壊さずに過ごしたこともある。
人と人との関係は、
自分の気持ちだけで成り立つものではないから。
相手を思いやることも、大切な優しさだ。
でも、そうやって少しずつ
自分の気持ちを後回しにしていると、
「私は、なにがしたいんだろう」と
分からなくなることがある。
だから、
自分で選べる時間くらいは、
心が示す方向へ進みたい。
誰と会いたいのか。
何をしていると満たされるのか。
どんな場所にいると呼吸がしやすいのか。
そんな小さな感覚は、
意外と心が一番よく知っている。
「なんとなく惹かれる。」
「なんだか面白そう。」
「理由はないけれど、心地がいい。」
そんな曖昧な感覚ほど、私は大切にしたい。
頭で考えれば、
もっと効率のいい選択はいくらでもある。
でも、人生を振り返ると、
私の記憶に残っている景色は、
いつも心が先に動いたものばかりだった。
「あ、やってみたい。」
その一歩が、新しい世界を連れてきた。
「話してみたい。」
その好奇心が、大切な出会いになった。
逆に、心が小さく「違う」と
教えてくれていたのに、
見ないふりをしたときは、
不思議なくらい後になって、
「あの違和感は間違っていなかった」と
思うこともある。
心は大きな声では話さない。
いつも、小さな違和感や、
小さなときめきとして教えてくれる。
だから、たまに聞き逃してしまう。
やらなければならないことは、
これからもなくならない。
責任も、役割も、現実もある。
そのすべてを
心のままに生きることはできない。
でも、自分で選べる時間だけは、
自分の心を裏切りたくない。
「こっちへ行ってみたい。」
その小さな声を信じて歩いた先には、
きっと自分らしく笑える景色が待っている。
答えを探すというより、
その時々の自分の心が静かに示す方向へ。
一歩ずつ歩いていきたいと思う。



良くも悪くも自分を後回しにする癖があるけん、
そうやって自分を大切にしてたら嬉しい🙌🏼