白か黒か。その間にある「言い切れない感情」の居場所
白黒つけなきゃいけない世界で、グレーのまま息をする。
最近、思うことがある。
世の中、白か黒かで溢れてるなって。
何かを言えば、「それ分かる!!」って人と、
「それは違うでしょ」って人が即座に現れる。
これを好きだと言えば、
「変わってるね」と言われたり。
逆に、
「私は嫌い」
「それは違う」
とハッキリ返されてしまったり。
気づけば、見えない戦いが始まっていく。
どうして人って、
そんなに白か黒かを決めたがるのだろう。
その間にあるはずの、
「分かるけど、少し違う」
とか。
「否定したいわけじゃないけど、私はこう思う」
とか。
「あっちの気持ちも分かるし、こっちの事情も分かる」
みたいな。
曖昧で、
揺れていて、
言葉にしにくい感情は、
一体どこへ行ってしまうのだろう。
本当は、人間の感情なんて
もっとぐちゃぐちゃで、もっと矛盾している。
好きだけど、
嫌いになる日もある。
許したいのに、
どうしても許せないこともある。
離れたいのに、
離れられない夜もある。
素直になりたいのに、強がったり。
優しくしたいのに、冷たくしたり。
本当は違うのに、
その場の空気に合わせてしまったり。
白か黒かじゃなくて、
人は、もっとその間の中を生きている気がする。
でも、その間がものすごく見えにくい。
強い言葉の方が届くし、
極端な意見の方が広がる。
「私はこう思います!」
と、ハッキリ言い切る人の方が、
芯があって、正解に近いように見えてしまう。
たしかに、それも分かる。
でも時々、その空気に少しだけ疲れてしまう。
誰かが何かを否定している空気を見ると、
自分に関係ないはずなのに、
心が静かに消耗していく。
別に、全部を肯定したいわけじゃない。
間違っていることや、
傷つける言葉があるのも分かる。
でも、「違う意見=敵」
みたいになっていく空気は、やっぱり少し息苦しい。
自分の意見を言うことと、
意見を押し付けることは、同じようで違う。
私も昔は、
白黒ハッキリした答えを探していたこともある。
恋愛も。
人間関係も。
人生も。
「正解」が欲しかった。
でも、色んな経験をして思う。
人って、そんなに単純じゃない。
同じ人でも、
昨日と今日で気持ちは変わる。
正しいと思っていたことが、
数年後には全然違って見えることもある。
だから私は、
白でもなく、黒でもなく
その間のグレーでいい。
簡単に賛成もしない。
簡単に否定もしない。
でも、
そっと、その裏側にある背景にまで、
寄り添えるような「余白」は持ちたい。
今から、
あえて賛否が起きそうなことを書いていく。
あなたは、
どう思い、どう感じるかな。
例えば、不倫の話。
もちろん、
法律的にも、倫理的にも、
傷つく人がいる行為だと思う。
でも同時に、
責任を取るべきなのは、本来当事者たちであって
第三者が、石を投げ続けることは
本当に“正義”なんだろうか。
どうしようもなく、
狂わしいほどに想ってしまった相手だったとしたら。
その「想い」まで、
全て否定しないといけないのだろうか。
もちろん、肯定したいわけじゃない。
でも、簡単に「悪」の一言だけでは、
片付けられない感情も、事情も人間にはある気がするだけ。
子供を産む・産まない問題。
子供を産むことが、正義みたいな空気。
逆に、産まない選択への視線。
簡単に決めたわけじゃなく、
命の重さを、何度も考えた上での選択だったとしたら?
本当は、
どちらにも事情があって、どちらにも人生がある。
重い命だからこその選択がそこにある。
働くことが正義。
休んでいる人や、
辞めたいという人がいると、
「甘えてるんじゃない?」と言う人がいる。
でも、働けない理由や、
休まなきゃいけない事情が、その人にあったとしたら?
身も心も限界だったとしたら?
気づけばまた、
「どっち側なの?」と答えを求められる気がする。
「それって、あなたの意見ですよね?」
「法律なんだからダメでしょ」
「だったらセックスなんてするなよ」
「病院に行けばいいじゃん」
そんな声が、
聞こえてきそうな話でしょ?
もちろん。
私は、
何でも、肯定したいわけじゃない。
傷つく人がいる行為や、
責任を伴う選択があることも分かってる。
ただ。
「どうしてその人は、
そこに辿り着いたんだろう」
を、一回だけ考えてみたくなる。
正しさの話じゃなくて、
人間の話として。
きっと、白か黒かだけじゃなく
その間で、
苦しみながら生きている人もいる。
私は、
その間にいる人たちの気持ちも、
ちゃんと聞いて、ちゃんと感じたい。
迷って、
考えて、
一緒に揺れていたい。
きっとこれからも、
世の中から賛否はなくならない。
だって、
国会の中でもやってるし。
テレビの企画でもやってる。
そりゃ、無くなるはずがない。
それでも、私は、
「どうしてこう思ったんだろう」
「もしかすると、何か事情があったのかな」と
言葉の裏側をそっと感じ取れる人でいたい。
誰かを叩き潰すためじゃなく。
誰かを支配するためでもなく。
「白」でも「黒」でもない場所で、
息をしたい人がいた時に
「あぁ、ここだと少し息ができる」
と、少し肩の力を抜けるような。
そんな“余白のある場所”になりたい。
世の中に、
こんな人間が一人くらいいてもいいでしょ?
だから、今日も私は
白黒つけなきゃいけない世界で、グレーのまま息をする。
答えを急がず。
誰かを裁かず。
分からないまま、少し考えてみる。
そんな人でいたい。
善人ぶってる。
いい人ぶってる。
綺麗事言ってる。
そう思われても、いい。
正解なんて、
たぶん、最後まで分からないけど。
でも、今は
それでもいいと思っている。
分からないまま、
隣に座れることもある気がするから。
白でもなく。
黒でもなく。
その間の、名前のない感情のままで。


世の中、グレーの方がダントツで面白いのにみんな決めたがるよね。
わかるわ〜。
賃貸か持ち家か論争も、
時と場合、人によっても全く違うのに白黒付けたがるよね。
奢り、奢られ論争もそう。
学生でお金がない人と社長で稼ぎまくってる人じゃあ意見が違って当たり前。
鬼のように稼いでる社長が「割り勘やで」とか言ってたら、そりゃやべーやろってなるやん、でも男子学生や社会人一年目ならならんやろってね…
…みんな考えること辞めちゃったのかな??
世の中はだいたいのことがグラデーションで溢れてるのに。
最高の記事である!以上!!!