名残。
「まだ匂いが残っている」
ふと、そんな日のことを思い出した。
何の匂いだったのかは、覚えていない。
香水でもない。
柔軟剤でもない。
もっと曖昧で、どこか懐かしい匂い。
息を吸った瞬間、
胸の奥に、昔の景色が浮かんだ。
匂いには、記憶があるらしい。
それは時々、私たちよりも記憶力がいい。
もう忘れたと思っていたことを、
突然、連れてくる。
夏の夕方。
濡れたアスファルト。
古い家の畳。
誰かの家の味噌汁。
体育館の床。
学生の頃使っていたの教科書。
昔使っていた香水。
ほんの一瞬。
今いる場所とは、
まったく違う場所へ連れていかれる。
ああ、知っている。
この匂い。
そう思った時には、もう遅い。
記憶は勝手に、引き出しを開けている。
名残。
過ぎ去ったあとに、なお残るもの。
もう、そこにはない。
なのに、まだ、どこかにある。
なんて、人間みたいな言葉なんだろう。
名残は、いろんな場所にある。
卒業した学校。
昔住んでいた街の駅。
実家の、もう誰も使っていない部屋。
子どもが小さい頃に着ていた服。
なぜか捨てられない古い携帯。
もう連絡を取らない人との写真。
閉店した店の前。
そこにあったものは、もうない。
それなのに私たちは時々、
そこに「あった」を思い出す。
人の記憶とは、不思議なものだ。
何があったかは忘れているのに、
その時の気持ちだけ覚えている。
顔はうまく思い出せないのに、
声だけが残っている。
何を話したのかは忘れたのに、
笑ったことだけ覚えている。
たぶん、記憶は少しずつ形を変える。
角が取れて。
色が薄くなって。
余計なものが抜け落ちて。
最後に、何かひとつだけ残る。
それが、名残なのだろうか。
季節にも、名残がある。
春の終わりの、少し湿った風。
花火が終わった後の、火薬の匂い。
夕方が早くなったと気づく日。
着るには少し暑くなった、冬のコート。
季節は、
「今日で終わります。」なんて言わない。
少しずつ。
本当に、少しずつ。
次の季節に場所を譲る。
だから私たちは、
終わったことに少し遅れて気づく。
ああ。あれが最後だったのか、と。
日常もそうだ。
最後に手を繋いで歩いた日。
最後に「抱っこ」と言われた日。
最後に家族全員で囲んだ食卓。
最後に会った人。
その瞬間、私たちはたぶん、
それが「最後」だとは知らない。
知っていたら、
もう少しちゃんと見ただろうか。
もう少し、味わっただろうか。
でも。
最後だと知らないから、
日常は日常でいられるのだろう。
大切な瞬間ほど、
それが大切だと知らないまま、通り過ぎていく。
そして、あとから気づく。
あれは、幸せだったのだと。
人にも、名残がある。
昔好きだった音楽。
誰かに教えてもらった店。
口癖。
料理の味。
文字の書き方。
考え方。
いつの間にか、
自分の一部になっているもの。
人は、誰かと離れたあと、
その人を全部失うわけではない。
少しだけ、
その人を連れて生きていっているのかもしれない。
母から覚えた味。
父がよく言っていた言葉。
友人から教えてもらった曲。
昔好きだった人の口癖。
子どもから教わった優しさ。
誰のものだったのかさえ、
いつか分からなくなるけど
それらは「私」の一部になる。
そう考えると。
今の私は、
たくさんの名残でできているのかもしれない。
出会った人。
離れた人。
暮らした街。
夢中になったもの。
もう好きではなくなったもの。
昔の私。
同じ形では、もう残っていない。
それでも。
確かに、今の私のどこかにいる。
記憶は、少しずつ薄くなる。
それは、少し寂しい。
でも。
すべてを鮮明に覚えたままでは、
きっと人は前に進めない。
だから記憶は、
本当に残したいものだけを、
私たちの中に置いていくのかもしれない。
匂いだったり。
歌だったり。
言葉だったり。
癖だったり。
名前すらつけられない、小さな何かだったり。
もう一度、ゆっくり息を吸ってみる。
「まだ残っている」
私の。
誰かの。
いつの。
どこの。
うまく、思い出せないけど。
少しだけ、懐かしい。
たぶん、それでいい。
私たちは今日も、
気づかないうちに何かを残して。
何かを、少しずつ連れて
生きている。
それを私は、
名残と呼ぶのだと思う。



私の中にも名残がたくさんありました😌最近、ちなみさんの記事は深いですね。いつもありがとうございます。
今の私は名残でできているのかもしれない、ステキなフレーズです🥰